到達目標と講座概要
700年の歴史と変化を通して学ぶ、「現代に生きる能」の魅力
本講座では、「春秋座―能と狂言」シリーズで上演されてきた能のなかから1曲をとりあげ、その映像を用いて「能」という舞台芸術の特色と魅力を伝えます。
三回目となる今講座では、光源氏のモデルといわれる左大臣源融(みなもとのとおる)が陸奥松島湾の塩竃(しおがま)の致景を移して風雅な日々を送ったことに取材した世阿弥作の『融』(とおる)をとりあげ、テキスト、典拠、演出、上演史などから、最終的に『融』の主題とそれをささえている趣向について考えたいと思います。用いる映像は、平成二十五年の春秋座における観世銕之丞氏の舞台、恒例のゲストにはシテ方観世流の大槻文藏氏(人間国宝、文化功労者)をお招きします。毎回、あいだに5分の休憩をはさみ、最後に20分ほど質問の時間を予定しています。大学の通信教育部の講座ですが、能に関心をもつ一般の方も受講できます。どうぞお気軽にご参加ください。
■『融』読解のためのヒント
① 源融(みなもとのとおる)は平安時代の実在の貴族だが、どのような経歴の人物なのか。
② 光源氏のモデルは源融だという説が鎌倉時代からあるが、そのような説が生まれたのはなぜか。
③ 『融』の舞台は融が塩竃の致景を移して風流生活を楽しんだ庭園だが、そのことを伝える文献にはどのようなものがあるか。また、その六条河原の院の庭園は『融』にはどのように描かれているか。
④ 世阿弥が融をシテにした能を作ろうと思ったきっかけはなにか。
⑤ 前ジテが塩竃の浦の潮汲みで浦人姿で登場し、現実には荒廃している河原の院をかつての風流を尽くした場と見ているのはなぜか。
⑥ 『融』は本来は『塩竃』という曲名だったが、なぜ『融』に変わったのか。
⑦ 融が愛した陸奥の塩竃はどのような場所だったのか。
⑧ 『融』においては唐の詩人賈島の有名な「推敲」詩はどのように機能しているか。
⑨ 観阿弥は今は散逸している『融の大臣の能』という鬼能を演じているが、その『融の大臣の能』と『融』とは関係があるのか。
⑩ 融は終曲部で月の都に帰ってゆくが、融が月の住人と設定されているのはなぜか。
⑪ 世阿弥は『融』を「老体」としているが、現在の『融』の後ジテは壮年の貴公子である。一方、前ジテは老浦人だから、世阿弥が『融』を「老体」としたのは、あるいは前ジテを基準にしたものか。
⑫ 世阿弥が『融』で描こうとしたものは何か。
⑬ 融が後場で舞う《早舞》にはどのような意味が担わされているか。
⑭ 融が舞う舞はなぜ《早舞》なのか。
⑮ 多くある『融』の小書のほとんどが舞にかかわるものなのはなぜか。
⑯ 旅の僧は夢幻能一般のワキとは違って、一貫して融の心情の同調者として描かれているが、世阿弥がそうした意図はなにか。
⑰ 『融』が詩劇たる最も大きな理由は何か。