到達目標と講座概要
尹東柱(ユンドンジュ;1917~1945)は現在韓国において国民詩人のような扱いを受け、その名前や主要作品を知らない者はほとんど皆無と言ってよい。さらに彼の作品は現在の北朝鮮や日本においても高く評価され、また英語はもちろん、フランス語、ドイツ語やチェコ語にまで翻訳されている。また、京都芸術大学(高原キャンパス)の建っている地で下宿生活をしながら短い生涯の最も重要な時期を過ごしていたという、本学とも大変ゆかりの深い詩人であり、高原キャンパスには彼の詩碑(留魂碑)も建っている。
尹東柱は確かに世界的に人気が出て来てはいる。しかしその人気の割には詩そのものの解釈が、ごく一握りの人口に膾炙した作品のみを取り上げてそれらの作品に部分的に当てはまる解釈を繰り返すにとどまり、それであたかも「尹東柱とはこういう詩人だ」という独断的レッテルが張られてきたように見えるのもまた事実である。詩人尹東柱の本質は、従来語られてきた「抵抗詩人」「民族詩人」「青春の詩人」などでは決して語りつくせない。したがって本講義では彼の人物像を俯瞰した後、できるだけ多くの作品(従来の研究で一度も語られたことのない重要な散文詩も含めて)に当たり、実際に彼が遺そうとした「声」に耳を傾けて行く。
ところで本講義ではまず初めに、尹東柱という一人の詩人が反映している詩人の在り方を踏まえてそもそも「詩人」とはどういう存在なのかという、詩人の一つの在り方そのものに言及し、その土台の上に従来語られて来た尹東柱像とは異なる尹東柱像を描き出したい。尹東柱とは日本統治下で呻吟する朝鮮人のためだけに詩を書いた詩人ではなく、彼の声は現代を生きる我々すべての人間(国籍を問わず)に今も生き生きと語りかけている。まさに彼は「時空を超越した詩人」なのである。
本講義を通して尹東柱の本質を理解してもらい、さらには「詩人」の在り方に思いを巡らせてもらえれば幸甚である。